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My salad days in Washington, D.C.

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2004年 09月 28日

Korean and Japanese

 ジョージタウンには、韓国の高校を卒業して直接4年間留学してくる韓国人学生が沢山います。これに対して、日本国籍を持つ学生で、通常の学部にいる人はほとんどいません。私の知り合いでは3人だけかな。しかも三人とも、高校時代を英語圏やインターナショナルスクールで過ごした人達なので、純粋に日本式の高校教育を経てここで学んでいるわけではないのです。ま、日本の高校教育は、アメリカの大学での社会科学の勉強の準備には何の役にも立たないからね。(それでも、古文や漢文では、私は価値のある教育を受けたと感謝していますが。日本人としての教養はそこで土台になっていると思うから。)

 キャンパス内に、韓国人学生協会と呼ばれる団体があり、そこの主催で、今第二次世界大戦中の韓国人従軍慰安婦のパネル展示や、ドキュメンタリー投影などがあっています。まだ、私は詳しくは見ていないんだけど、今日寮の部屋に帰ったら展示を見てきたルームメイトたちに「アヤコは Comfort Women や Nangking Mass Killings and Rapingのことは知っているの?」と聞かれ、そりゃもちろん知ってはいるけど、日本の歴史の授業ではほとんど強調されていないよ、と答えると、微妙な空気が部屋に広がりました。彼女達の私を見る目も少し違ったし。(因みに、ルームメイトは韓国系アメリカ人と台湾系アメリカ人で私と同い年です。)

 第二次世界大戦中の、日本軍の蛮行に対して、40年後に生まれた私はどう反応すべきなのかな。慰安婦として連行された少女達は、今の私より年齢も若かっただろうし、女性として日本軍の行いは許せない。蛮行をジェンダー差に求めるか(つまり戦争を起こすのは男が政治を左右するからだ、という論争)、大日本帝国の民族意識(日本人至上的な)なのか、どちらかは分かりません。まあ私は女ですから、前者だと自分の罪が軽くなるのですが。

 祖父母・曾祖父母の世代がやったことに対して、孫・子の世代は何をすべきなのか。ドイツでは、戦前生まれの両親に対して戦後世代の娘・息子から、厳しい批判が投げかけられた、と小説「朗読者」のなかで読みました。日本では、そういう批判はあったのでしょうか。

 人間は、忘却することで記憶から解き放たれ、また同じ過ちを繰り返す生き物だと思います。忘れないことが、21歳の私にできることなのでしょうかね。

by my-salad-days | 2004-09-28 10:23 | Exchange


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